ニンナ・ナンナはひびの入った骨董になりました。    
       
       
   厨房から今はもう誰もいない客室の眺め。 2022年7月    
       
     
  女主人は病気です。私は泣き続けねばなりません。

気分の良いとき、女主人は老夫婦二人のために食事を作っています。ニンナ・ナンナのレストランでお客さまの料理を作っていたときのように。 もっと前の、子どもたち5人に食事を作っていたときのように。 ときにはガーデンの草取りもします。しかし、ガーデンは草でいっぱいです。
私は病院の送り迎えをしています。女主人ができないことはみんなしています。ニンナ・ナンナのレストランのときもこんなだったことを思い出しています。

ニンナ・ナンナはひびの入った骨董のようになりました。
私は1983年のホロヴィッツの演奏を聴いて涙を流します。
   
       
       
  
   
       
  1998年11月にニンナ・ナンナはオープンしました。

たくさん収穫できるようになった、ブルーベリー、キウィフルーツ、そのほの果実。
オレガノ、バジル、カモミール、ミント、レモンバーベナ、そのほかのハーブ色々。
ラベンダー、バラ、そのほかの香りの花々。
春の訪れとともに、クリスマスローズ、水仙。それから、梅、桜、そのあとジューンベリーが満開。
加工用トマト、タマネギ、ニンニク。無農薬で育てたたくさんの野菜。ジャムには赤い茎のルバーブ。
自分とこだけで使い切るのはとても無理であったので、、、

ニンナ・ナンナは、平日はジャム作りをしたり、パスタソース作りの準備をしたり、ハーブの加工品を作る工房、
週末はランチだけのパスタ料理店でした。
加工品作りをメインに考えていました。お食事のお客さまがこんな辺ぴな所まで来てくださるとは、思っても
みませんでした。そして、みんな優しいお客さまばかり。
   
       
   あの頃ニンナ・ナンナは。。。 
   
       
  
   
       
   何とか次のことをまとめて、このホームページを完成させたいと願っています。    
       
  ニンナ・ナンナのブログは過去に遡っていきます。    
       
   あの頃、ニンナ・ナンナは「加工品」ページが未完でした。今振り返りますと、これだけの種類をよく作ったものだと思います。    
       
   旧ホームページのトップに概略だけご紹介した黒岩徹氏 「スローライフ『秘法七』」の全文。    
       
   あの頃、ニンナ・ナンナに「千葉日記」は未掲載だったので。。。
そのほか、少しだけ書き溜めたこと。
                
   
       
   それでも新しいホームページを作ろうとしています。    
       
   今ニンナ・ナンナが求めていること。