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ねこさんゆうびん 第6号

2.20/1995

 

紡毛機(ぼうもうき)

 風ちゃんが紡毛機に熱中しています。紡毛機とは原毛のかたまりから毛糸を作りだす魔法の機械です。この仕組みを説明するにはいったいどう言ったらよいでしょうね。動力は昔のミシンのように足踏み式で、それを回転運動に変えてフライヤ−とボビンを廻し、フライヤ−で原毛を捩り、ボビンに巻き取る、そのことを両者の僅かな回転差を用いて行っているのです。おわかりかな。ほこりだらけになっていた紡毛機を引っ張りだしてきてほこりをはらい、油をさし、動力を伝えるためのひもとボビンのブレ−キのための糸を張り、回転させると、何でもすぐにやりたがる風ちゃんがすぐにとびついてきました。ところが、フライヤ−とボビンが一緒に廻ってしまい、ブレ−キを強くすると今度は一緒に止まってしまい、糸になった原毛をうまく巻きこんでいかないのです。

 さてそのとき、たまたま風ちゃんの母親は東京に行っていました。電話をかけ、フライヤ−のところにボビンが固くはまっているためうまくいかないと思うのだけれども、そうではなく何か組み立て方法に違いがあるのだろうか、ときいてみるのですが、母親だってしばらくさわっていないので、何を言われているのかわかっていないふうです。こんなときFAXであれば、図に示して困難な状況をいとも簡単

に説明できるのでしょうにね。情報量の多さは、ことばと図とでは大違いです。(実はカラ−印刷のできるマシンの導入を密かに目論んでいるのです)  紡毛機の外観は右のとおりです。母親は翌日、アリスファ−ムの東京の工房でレッスンを受けたりしたのですが、この図もその出版物からの引用です。
東京ニ行ッタトキ会エナカッタ皆サン、ゴメンナサイ。

 

唐蓑(とうみ)

 唐蓑というのも大変すぐれものの機械です。風の力を利用して、吹きとばされるものとそうではないものを分け、穀類や豆類から混ざり物を除きます。単純な原理であっても、ものの見事にきれいになります。米も、脱穀から精米までいたるところにこの風選の仕組みが取り入れられていますが、ここでは大豆について播種から収穫後までを述べます。豆は収穫後によい豆だけを選別する作業が大変で、これが今頃になってようやく終わり、ようやく一年の農作業が終わったという感慨があるものですから。

 大豆の栽培はとても簡単です。大雑把に堆肥をまき、耕運し、播種機で種まきをします。間違いなく芽が出てきます。一応防鳥テ−プを張ったりしますが、鳩もそれほど大食らいではないようです。本葉が出てなるべく早い時期に中耕するとその後の成育によいということです。しかし管理機の扱いに慣れていないので小さな株の頭から土をかけてしまい、そのまま土のなかから出てこなかったりするので、かなり大きくなってから行ったりします。水田あとならその後ほとんど草ははえてこないのですが、畑だと一度は念入りに草取りをしなければなりません。夏の終わり、枝豆として食べるのが大豆の栽培過程のなかで一番楽しい時期です。本物の枝豆の品種ではないので小粒ですが、取りたての味は抜群です。枝も葉もついたまま二かかえも近所の人にあげると、見かけの量に惑わされてとても喜ばれます...

 春の種まきの喜びに浮かれて、計画以上の作付けをしてはいけません。雑草を誤たず除いていれば、秋、霜が降りるころ、植えつけた分だけの労働が待っています。豆に汚れがつかないよう、汚れた豆が混じらないよう、とても神経質になるときです。乾燥が続くと、ちょっと触れただけで豆がはじき出ます。しかし、一本一本鎌で刈るには気の遠くなる量です。思い切って草払い機で根もとから刈ってしまいます。そうして雨が降らないことを願いながらそのまま畑で乾燥させます。少しぐらい濡れても大丈夫ですが、確実に最後の選別の作業量が増えます。今年は一部をハウスに早々と運び入れたので難を逃れたのですが、残りは、もう脱粒作業をするという当日に雨が降り、雨が少ないこの年に五日間ほども降り続いたのでした。悶々もんもんとして家のなかで過ごさねばなりません。

 脱粒は、これもまた足踏み式の脱穀機で行います。回転するドラムの単調な音が耳にこびりついて、それがつまらない音楽と結びつくので、その音楽がますますつまらなくなります。そうして大量の豆殻とそのなかに紛れ込んだ豆とになり、かさが半減して一安心です。この混ざりものだらけのなかから、唐蓑はほとんど大豆だけをきちんと選別いたします。それでもこのままの状態で唐蓑にかけるには豆殻が多すぎて能率が悪いので、上の方の豆殻を除き、下にたまった豆の多い部分だけを先に行います。いわば一番豆です。残った豆殻をさらに乾燥させ、叩いたり踏んづけたりしたあと、同じように下の方を唐蓑に運んで混ざりものを取り除き、それをもう一回ぐらい繰り返すのです。

 唐蓑で問題なのは、選別対象に似た重さの紛れ物はどうやっても除けない、ということです。米だと、藁くずの一部、それから今年はコナギの花梗の部分が取り除けません。藁くずは精米時になくなりますが、花梗は砕けて米に紛れ込み、それがねずみの糞そっくりなので、困ったものです。大豆は、くず豆や変色した豆がそうであるので、最後に最大の手間が待っています。つまり、このような豆はひとつずつ手で取り除かなければなりません。味噌の仕込みのシ−ズンを間近にして、ようやく終えたのでした。

どぶろく(またまた)

 おいしいどぶろくの作り方のおさらい。市販の酒粕に含まれる酵母から強力なもとを作る。同じく強力な麹により(できたら三回にわけて)仕込む。途中あまり味見をしない...

 もとを作るにはほんの少しの麹が必要です。しかし、麹は作るときはいっぺんに大量にできてしまうので、もとができあがるまでの間にその余った麹を使って、製法の異なるもうひとつのどぶろくを試作してみました。もとの代わりにイ−ストを使う手っとり早いやり方です。イ−ストならばすぐに強力に醗酵が始まるので、失敗することがありません。しかし、こういうのは形而上的満足感というものが重きをなすので、こだわりが不可欠ですよね。イ−ストによるどぶろくはどこか風味が異なるようなのです。

 どぶろくは輸送に耐えません。びんに移すだけでも少し油断すると、もうふきこぼれていたりします。ミュ−ラ−トルガウ(白)とツバイゲルトレ−ベ(赤)といういかにもおいしそうな名前のワイン用品種のぶどうを植えました。ワインなら爆発はしないでしょうから、いつの日かご試飲いただけるかと思います。

 ぶどうもまた雨にあててはいけないので、マンズレインカット方式という施設を準備中です。その名のとおり、マンズワインが開発した簡便な雨よけ栽培法です。棚に仕立てるのではなく、垣根仕立ての変形であり、雨よけの他に作業性、日照等に様々な利点があるようです。何よりも、機材の導入から栽培方法までマニュアル化されて

いて、初心者には試行錯誤の無駄がありません。二年目から収穫が始まり、成木は1本で15Kgもの収穫量になるというので、全部でいったいどれだけのワインができるでしょうね。今から瓶の収集に努めねばなりません。

mmm...

 しかしどうも根本的なものに触れていないような気がします。マンネリズムはどんな場合であっても慎まねばまりません...

 猫のことをお知らせしなければ本号は成り立ちません。懐かしいリリ亡きあと、今いる猫はララとロロといいます。どちらも長毛種の雑種の雄で、ララは真っ白でペルシャ猫のように見栄えがよく、ロロは色々な暗い色が混じったあの猫の色で、とぼけた性格なのでおもちゃにするのに恰好です。

 ララは食い意地がはっていて油断ができないのです。台所をあさっているのを見つかると、一目散に逃げていきます。あるとき一週間ほど姿が見えなくなったことがあり、その間ロロは一匹でのうのうと生活していました。そうして随分やせ細って帰ってきたので、一人でシェイプアップしてきた、と噂されたのですが、事実は何かにはさまって動きがとれなくなり、それがやせたために脱出できた、ということのようです。

 台所あさりが目にあまり、ついに夜は外に出されることになってしまいました。この冬は随分と寒く、ある朝の温度計は−12度をさしていましたが、これは温度計の間違いだったようで、本当は−7度ぐらいだったようです。そこで猫はどうしたかというと、猫は決して寒さに弱いことはないのですが、快に敏な猫はボイラ−が暖かいことを発見いたしました。ボイラ−は凍結防止のため、夜中も弱めに運転しています。その結果、横腹の長い白い毛がまだらに焦げて、皮膚病の猫のようにぞっとする姿になってしまったのでした。

卒業

 悠くんが中学校を卒業いたします。おそらく本人がおぼろげに描いていたであろう都会の中学校に普通に進学し、そうして卒業するのなら、このことは取り立てて何ということもないのですが。いきなり見も知らぬこの地の中学校に入学し、そのころは子供用の自転車に乗って、だらだらといつまでも続くゆるい上り坂を帰って来るのを、軽トラックで迎えに行って見た、その光景をいつも思い出します。

 何くそ何くそというのは、ペダルをこぐかけ声のためだけだったとは思えません。そのころようやくうちとけてきた(ように見えた)級友の何人かが釣りに連れて行ってくれる、というので大喜びしていた、なんてことがありました。渓流釣りなんて、都会の小学校生活では思いもよらないことだったのです。休みの日の朝、一人で弁当を作って町まで自転車で下って行き、それから釣り場までその級友たちと連れ立って出かけ、釣り場を転々と変えた後、その辺ではそこにしか公衆電話がない「名水茶屋」から、迎えに来て、と電話をかけてきました。迎えの途中、向こうから自転車をこいで来る悠くんは、今までになかったほど浮かぬ顔をしていました。うなぎが獲れるから、とうなぎの仕掛けを買わされ、それを仕掛けた場所がどこであるのか教えてくれないというのです。それならその仕掛けのお金は出してもらいなさい、というのが親の論理ですが、そんなことは相手の気を引くことに精一杯の中学一年生に言えるわけもありません...    よそ者が仲間になるための、いかにも大人になりかけの子供の、ひとつの儀式でしょうかね。誰もが顔見知りというこの町では悠くんは大変物珍しい存在であったので、初めのうちは様々なちょっかいを受けずには済みません。そのうちぴたりと止んでしまいました。

 悠くんは底抜けに明るいから、自転車をこぐ姿を激励してやるとそのまま山まで登って行きそうで、その次から迎えの軽トラックに出会うと、息つぎのために目まで大きくした顔に笑いをつくるのです。そんな中学生もすぐに大人用の自転車に替え、何度もチェーンが切れた、パンクした、と言っては修理に出し、一度は車輪に何かがからまって急ストップした自転車から前方に投げ出され、前歯を折ってしまって隣の市まで歯医者に通い、そうではなくて、歯を折ったのはまた別のときで、そのときは足首をひどく捻挫したのだったかもしれませんが、そんなことがあり、ヘルメットをしないことが何かの象徴であるかのように錯覚して学校から離れたところではせず、それが見つかって自転車通学を一日禁止(つまり8Kmの距離を徒歩で)の処分にあったり... ここでは中学校の卒業は高校入試の前に行われます。進学先はまだ確定はしていないのですが、まだしばらくの間はJRの駅まで自転車で通わねばなりません。

 レイちゃんも保育所を卒業です。四月からはぴかぴかの一年生です。

 

本を酔んでる 

冬は本を読むのだ。

それが四年目の今年初めてできた。

難しい本にはウィスキ−がよく似合う。

五時になるのを待ちこがれ 

ウィスキ−の酔いで鋭敏になった頭で読みすすめる。

 

あとは惰性だね。