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やぎさんゆうびん 第1号なので特別長い。

食べる前に読んでね... 11.20/1993

 

「米」と書きたいのに「コメ」と表記してしまう今年のコメについて

 今年のコメはひとめぼれです。昨年のミネアサヒに別に不満があるわけではありません。コメは籾で保存しておくといつまでもおいしいようです。それをひとめぼれに変えたのはただの思いつきのほかに色々理由があったのですが、同じ手間をかけて作るのなら少しでもメジャ−な銘柄にしたい、という意識が働いたということもあります。いっそのことコシヒカリを作りたいのですが、高冷地であるためちょっと温度が足りないようです。もっと本当なら山田錦でどぶろくを醸したいのですが、種子が手に入りません。昨年はこのミネアサヒの玄米で麹を作ってもらい、パイナップルから採った天然酵母で玄米のどぶろくを作ったのです。凝ったわりには糠の香りがして良いものではありませんでした。

 ひとめぼれは平成3年に宮城県の農業試験場で育成されたとても新しい品種で、系譜は次の通りです。

 

 

 食味は味、香り、粘りともササニシキにまさり、コシヒカリ並以上と言われます。生まれが生まれだけに、大分県での栽培適地は標高300〜700メ−トルの中間山地とされています。(当地の標高は680メ−トル)

 次に書くことは、今年の栽培暦をふりかえりながらの私たちのコメとの係わり方です。

 田植えは6月1日に行いました。昨年は2反5畆程に手で植えたのですが、これはたんぼの泥に馴染む良い経験であった、というほどのもので、これから先何年もその思いをしていくには少し年をとりすぎました。今年は思い切って田植機を買ったのです。二条ずつ歩いて植えていくという最小構成の機械ですが、その威力は劇的なものでした。三枚のたんぼ約四反五畆を実質二日で済ませてしまいました。一枚のたんぼに三日から四日かかっていた昨年とは大変な違いです。

 ちょっと遡りますが、田植えをするためには苗を育てないといけません。昨年は農協で購入したり、隣のたんぼの人に余った苗を分けてもらったりして植えたのですが、今年は田植機のメ−カ−の人の指導で苗作りからやってみました。ところで、種籾には播く前からもうあたりまえのように農薬を使います。ばかなえ病だとかの病気の予防のためです。種子をポットに播く機械の指導のためにメ−カ−の人が来たとき、種子の消毒は済ませたかときかれ、50℃のお湯につけたと小さくなって答えたら、考え込んでいました。

 私たちは稲が病気になった、という経験を当然持ちあわせていませんから、怖いもの知らずで完全無農薬で平気です。除草剤も全く使用しませんが、これはあとで述べる草取りで大変苦労することになります。しかし通常は苗のときから予防のために様々な農薬を使用するようです。もんがれ病、ウンカ、白葉枯病、コブノメイガ、それから今年の異常な低温のために騒がれたいもち病。害がないという認識があってのことでしょうが、穂が垂れ始めた稲に防除の薬をまいているのを目撃したときは少なからずショックでした。余談ですが、こういう農薬を散布するのはたいてい夕方薄暗くなってからです。夕方は風がやんで薬が飛び散らからないからでしょうね。

 さて苗作りですが、なぜかうまくいかなかったのです。私たちの田植機は20cm以上に育てた大苗でがっちり植えるのが特徴なのですが、いつまでたっても葉がべろんと垂れたままで大きくならないのです。原因がわからないままなので、経験を積むことによって来年にはよくなるというわけではないから、困ったものです。それで5月20日頃を予定していた田植えが延びに延びて6月1日になってしまったのでした。

 苗作りと並行してたんぼの準備もいたします。私たちにとても幸運だったことは、すぐ近くに酪農家がいたことです。牛の糞尿が約1.3t入っているというタンクを9ナンバ−のトラクタ−で運んできて、それは見事にばらまいていってくれます。それを何度も何度も繰り返し、その量は反当たり5,6tにもなります。あたりに牛乳にとてもよく似たにおいがたちこめますので、トラクタ−で急いですきこんでしまいます。都会でなくても民家の近くでこんなことをしたら大変でしょうね。私たちのたんぼは山あいのどんづまりにあるのです。元肥えはこれだけで、あとは出穂45日前頃を見計らって鶏糞を少しばらまいただけでした。化学肥料は主義として使わない、と言うよりも前に、使う必要がありません。

 幸運だったというのは、たんぼ一枚一反と言っても相当の広さがあります。そこへ手で堆肥をまいたり油粕をまいたりするのはとても手間のかかることですし、まきむらの方も気になります。酪農家はトラクタ−で何度も往復するのは大変なので、少し距離がある所には堆肥にしていっぺんに持っていくのだそうです。全部酪農家まかせに出来る近さで本当に良かった。新鮮な牛乳も飲めますしね。それから牛糞というのは、豚糞とか鶏糞とかよりはるかに土に良いのだそうです。有機質肥料というのは畑で色々使ってみてますが、有機質肥料が作物に効くというのではなく、有機質肥料が土を良くし、それが作物に効く、というのが正しい言い回しであるような気がします。土のことはとても興味深いので、またいつか詳しくふれたいと思っています。

 元肥えのあと代かきをいたします。田に水を入れてのトラクタ−作業というのは、未熟ものにはなかなか難しいものです。今年は随分ていねいにやったつもりだったのですが、まだまだ不十分であったようで、後になって色々な欠陥が露呈いたしました。苗を植えてしまえばもうどうやってもやり直しがきかないのでそのたびに後悔いたしました。代かきを終えて水を張り、それがよく晴れた穏やかな日ですと、畦を歩く子供たちや濃い緑の林や明るい空を鏡のように映し、春が来た喜びで胸がいっぱいになります。

 除草剤はこのころから田植えのころにかけてやるようです。前述したとおり私たちは除草剤も使いませんが、代かきによっては相当に草を減らせるのを、そのタイミングを逃したためもあって、猛烈な草の量になやまされました。畑ではこういうときトラクタ−で雑草もろともすきこんでしまい、もう一度やりなおせばよいのですが、たんぼではそうもいきません。その上今年の長雨で作業時間が足りなく、ようやく一枚のたんぼを終える頃にはもう始めの方からまた伸び始めている始末なのです。五畆程植えた糯米は一度手押し式の除草機を通しただけで手がまわらず、びっしりはえたほてい草のような雑草に負けて、かわいそうなことをいたしました。

 私たちがこの農の世界に入ったとき、無農薬、無化学肥料で作物を育てるのであっても、難行苦行の農作業をするのではなく、祈りのようにするのでもなく、ただ楽しみのために農業をしていくだけで十分のはずでした。いわば道楽農業ですね。畑では一作物の栽培面積がそれほど大きくないということもあって、夢中になりすぎないようときどき我にかえって自制する余裕もありますが、五反のたんぼは、ほっておくとどんどん草が伸びていってしまいます。泥まみれになって除草にはげむしかありません。たんぼも本当に楽しみだけでやるのなら、食べる分だけをていねいに作ればよくて、それなら一反もあれば十分です。おいしくて安心して食べられるコメを他の人たちにも食べてもらいたいという自負がこんなにたくさんコメを作らせているのでしょうかね。

 ここに「水稲作における10ア−ル当たりの労働時間の推移」という農水省の資料がありますので、それの主だったところをグラフにして掲げておきましょう。除草作業時間がずいぶん減っていますが、もちろん除草剤の使用によるものです。

 この資料で水管理とあるのは、たんぼの水を入れたり出したりすることです。私たちのたんぼは本水路の最も上流にあり、そこから引いた水はお隣さんのたんぼと私たちだけで使うだけで、またどこかの川の上流に戻って行ってしまいます。だから、無駄に流しっぱなしにはしないように、と言われているだけで、他の制約はありません。よその田では流れてくる時間が決められている、というような制限付きの所が多いそうなので、気楽なものです。朝水を入れると昼頃には三枚のたんぼともいっぱいになり、これで二、三日は大丈夫です。しかし水管理というのはこればかりではなく、田植えから一ヵ月位して稲も大きくなり、分蘖が盛んになるころ中干しをしたり、それ以降、時おり間断潅水をしたりすることの方をむしろ意味します。私自身は田面が適度に湿っていたらそれで十分だと思えるのですが、このことは経験を要することのようです。人から、もう田は干したか、と言われ、はい干しました、と答えそれから田を干しに行っても、私たちの田はどこよりも高い所にあるから十分間に合ったりします。

 このことは強調してよいと思うのですが、このような環境にある私たちのたんぼは、無農薬にこだわるにはとてもよいところなのです。川の下流の方から水を引き込む田や、隣のたんぼから水が流れ込む田は、いくら自分たちだけで無農薬でがんばろうとしても多少なりとも汚染された水を使わざるを得ません。私たちの水路は、近くの白水の滝という名所と水源を同じくしているのです。しかも排水路は別になっているので、隣のたんぼの水が入ってくるということもありません。いつか季節のよいときに子供たちとともにキャンプ道具を持ってさらに上流まで探検に行ってみたいものです。

 さて色々騒がれた今年の天候のことですが、当地も六月下旬から雨が降り続き、七月中旬に一度梅雨明けのように一週間ほど晴れ間が続いたのですが、それからまた延々と八月下旬まで降り続けました。その間台風4、5、6号がたて続けに襲来し、その極めつけは、九月になってからの超大型台風13号でした。それまでの長雨で地盤がゆるんでいたところにさらに大雨をもたらしたので、あちこちで土手が崩壊いたしました。ここらへんでは、たんぼがくえる、などと言います。私たちのたんぼも、はるか上の杉林から排水溝に土砂が崩れ、あふれ出た水が川になって(想像)たんぼの上を流れ落ちていったようです。所々土砂で埋まり、それだけなら収量が減るだけであって何ともないのですが、一番下のたんぼの一番下が見事にくえてしまいました。もうこうなると自分たちだけの力では手のほどこしようがありません。ああだめだあ、と言ってへらへらと笑っております。

 自然とともにある喜びは自然に対する畏怖と表裏一体です。都会生活における自然とはまったく意味が異なります。いつか自然について深く考えてみたいものです。くえたたんぼは、いつもびっくりするほどきめの細かい田舎の行政が、今回は件数がとても多いので来年の春までには工事が間に合わないみたいですが、面倒をみてくれることになったようです。

 そしてようやく収穫です。バインダ−という刈り取りと結束を兼ねた機械で刈っていき、それを横にわたした竹の棒に架け、二、三週間乾燥させます。それからハ−ベスタという機械で脱穀し、籾にいたします。バインダ−は今ではコンバインが取って代わり、ほとんど使われなくなったようで、安く譲ってもらいました。ハ−ベスタは借り物です。刈り取りながらいっぺんに籾にしてしまうコンバインは大変高価なのです。それにもちろん、天日乾しのコメはとてもおいしいのです。天日乾ししたコメを籾で貯蔵しておくと、最初にも述べましたようにいつまでもおいしく食べられます。架け乾しした稲の姿を思い浮かべてみてください。茎葉に最後まで残ったおいしい部分が残らず籾にたまっていくようです。それにまた、コンバインで収穫した籾は乾きが足りないので、灯油を燃やして煎るようにして機械乾燥させます。実際に試したわけではありませんが、機械乾燥の籾を発芽させてみると、その発芽率はぐんと落ちる、ということです。

 今年は11月3日に刈り取りを始め、今ここを書いている11月19日にようやくすべてを架け終えました。天気がよければこんなに長くなることはないのに、途中雨が降ったりし、雨が降ると田がぬかるんでバインダ−がスリップしてしまうのです。最後はとうとう鎌で刈り取って終了いたしました。(たまたま訪れた客人の手をわずらわせました。ありがとう、I子さんとI子さん) しかし、収穫の喜びは苦行をいといません。このあと晴れが少し続いたあと、脱穀いたします。

 11.19/1993